◎『反日種族主義』 を疑う 〈はじめに〉

韓国人はみんなうそつき――なのか?

 2019年7月、韓国で『反日種族主義』という本が刊行され、話題になりました。同年11月には日本でも翻訳本が出て、出版社によれば2020年1月時点で40万部が売れているそうです。
 タイトルの「反日種族主義」とは、韓国人が偏狭な反日意識にとらわれているとして、それを批判的に名付けたもの。著者は韓国の歴史研究者6人。一言で言えば、これまで韓国社会で一般に語られてきた日本統治時代についての歴史認識は間違いだと訴える本です。つまり、朝鮮人がひどい収奪に苦しみ、戦時中には日本の炭鉱で奴隷のように働かされたり、女性たちがいきなり連れ去れて「慰安婦」にされたりしたといった認識を批判し、そうしたイメージを広めてきたとして韓国の歴史学や歴史教育のあり方を批判しています。
 そして、日本統治下の朝鮮では、経済成長もあったし、戦時下であっても朝鮮人労働者は自由にお金を稼いだし、「慰安婦」たちも「商行為」として自分の意思で慰安所での仕事をしていたのだ、と主張しています。
 この本が日本でも翻訳され、ベストセラーとなったのは、おそらく「『反日』を言い募る韓国はけしからん」「あいつらの言うことはうそだ」という日本の読者の思いに合致したからでしょう。同書のプロローグは「嘘(うそ)の国」と題され、「韓国の嘘つき文化は国際的に広く知れ渡っています」と始まり、「嘘をつく国民」「嘘をつく政治」「嘘つきの学問」…と続きます。歴史研究についても「この国の歴史学や社会学は嘘の温床です」とばっさり切り捨てています。
 韓国人自身が「韓国人は嘘つきだ」と言ってくれたのですから、「反日韓国はけしからん」という人々にとっては歓迎すべき書に違いありません。もっとも、「韓国人は嘘つきだ」と主張する著者たちもまた韓国人であるという矛盾をどう考えているのか、よく分かりませんが。

単純な二分法では歴史は捉えられない

 さて、この本の登場によって、「韓国人が訴えてきた日本の加害の歴史には根拠がなかったことが証明された」と考える人がいるでしょう。あるいは、決していわゆる「嫌韓」ではないが「植民地支配は確かにいろいろ問題があったのだろうけど、どうも韓国人はそれを過大に主張しているのではないか」と思っていた人がこの本を手に取り、「やはりそうだったか」と納得することもあるでしょう。
 確かに、この本には、よく書店で平積みになっている「嫌韓本」とは少々違うところもあって、韓国の読者たちも含め広い範囲の人々をひきつけたようです。執筆者たちのなかには、韓国の学界で重要な地位を占めている人や緻密な研究論文を発表してきた人がいることも確かです。一般読者を「なるほど」と思わせるデータや史料の提示もあります。
 だた、この本だけを読んで、「やっぱり今まで韓国人が言ってきた『反日』の歴史は嘘だったのだ」と片付けてしまうのは問題です。
 まず前提として言っておきたいのは、韓国人であれ日本人であれ、多数の人びとで構成されるある社会集団を単純化してとらえたり、二分法で物事を見たりすることの問題です。二つの意見が対立していている状況で、「どっちかが全部正しく、もう一方は全部間違い」というような考え方は、危ういものです。世の中の動きはとても複雑です。過去に起こった出来事の実相も、単純ではないですし、二分法では捉えられません。
 たとえば、韓国人であっても一色ではなく、植民地時代を「暗黒だった」と考えない人も存在するのは、この『反日種族主義』という本が存在することでも分かることです。

研究としては粗い部分が目に付く

 その上で、この本について指摘しておきたいのは、ここに書かれているのが「定説」というわけではないということです。かと言って、画期的な新説として学界を驚かせる内容があるわけでもありません。実際、植民地期の歴史を研究する日韓両国の学者たちの間で「これはしっかりした研究だ」といった声は聞こえてきません。逆に、「研究としては粗い」といった評価が一般的であるようです。
 実は、この『反日種族主義』を執筆している人々は、確かに歴史研究者ではあるのですが、中には自身が長年取り組んできた対象とは違う分野のことを書いている人もあって、この分野の研究者であれば当然、踏まえているはずのことを踏まえていなかったり、という部分があると、研究者からは指摘されています。
 野球にたとえて言えば、センターしかやったことがなかった選手が、自分は肩も強いからと言ってキャッチャーをやっているようなものです。確かに肩が強いから、一度は走塁を阻止できるかもしれない。でも、配球も問題があるし、投手との呼吸もどうもうまくいっていない。バントの処理も下手だ――という感じです。ずっとキャッチャーをやってきた選手には、そうした「粗さ」がはっきりと見えてしまうわけです。
 当サイトでは、この『反日種族主義』の中で、とくに「徴用工」問題――朝鮮人戦時労務動員問題に関わる記述を吟味し、何回かに分けてその問題点を指摘してみたいと思います。
 

2020年6月14日)

 
 
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