◎「朝鮮人の労務動員は『強制労働条約」違反ではない」という主張はなぜ間違いか
20数年前にILOに「否定」された日本政府のロジック
強制労働条約とは
当サイトでは、戦時中に「労務動員」として日本に連れて来られた朝鮮人たちが、多くの場合、強制労働をさせられていたことを、様々な公的な記録や証言などから明らかにしてきました。また、日本の裁判所でも強制労働を認める判決が出ていることも指摘しました。
参考
●炭鉱の朝鮮人労働者「給料のことを言えばリンチ」(厚生省報告から)
●「強制労働は違法」と大阪高裁
●「学校に行ける」とだますー名古屋高裁
しかし、こうした実態があってもなお、「朝鮮人の強制労働はなかった」という主張があります。正確には、「朝鮮人の労務動員は、強制労働禁止条約が認める強制労働ではない」というのです。しかもその主張をしているのは、ほかならぬ日本政府です。
しかし、政府が言うことだから常に正しいわけではありません。政府は時に、間違ったことを主張します。「朝鮮人の労務動員は、強制労働条約が認める強制労働ではない」という日本政府の主張は、強制労働条約の間違った解釈の上に成り立っており、国際社会で認められるものではありません。なぜそう言えるのでしょうか。以下、詳細に説明します。
「強制労働条約(強制労働に関する条約)」は、1930年に国際労働機関(ILO)の総会で採択され、2年後の1932年(昭和7年)に日本も批准しました。ILOは国際連盟の一機関として1919年に設置され、今は国際連合の専門機関として活動しています。今日では世界的に定着した1日8時間労働の原則を条約で定めたのをはじめ、労働者の国際的な保護を推進してきました。
さて、1930年の強制労働条約は、強制労働を「或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意ニ申出デタルニ非ザル一切ノ労務」と定義しています。すでに当サイトで紹介してきたように、戦時中に労務動員された多くの朝鮮人が、監禁され、逃亡すればリンチを受けるなどの扱いを受けていたのですから、素直に見れば強制労働条約が禁止する強制労働と考えるのが自然です。
朝鮮人の労働は「強制労働」から除外される?
ところが日本政府は、そうではないと言うのです。
2021年4月、日本維新の会の馬場伸幸衆院議員が、次のような質問主意書を出しました。
「戦時中に朝鮮半島から多くの人々が労働者として『募集』『官斡旋』『徴用』により本土に連れてこられ、強制労働させられたとの見解があるが、政府の考えを問う」
これに対して当時の菅内閣は、こう答えました。
強制労働ニ関スル条約(昭和七年条約第十号)第二条において、「強制労働」については、「本条約ニ於テ「強制労働」ト称スルハ或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意ニ申出デタルニ非ザル一切ノ労務ヲ謂フ」と規定されており、また、「緊急ノ場合即チ戦争ノ場合…ニ於テ強要セラルル労務」を包含しないものとされていることから、いずれにせよ、御指摘のような「募集」、「官斡旋」及び「徴用」による労務については、いずれも同条約上の「強制労働」には該当しないものと考えており、これらを「強制労働」と表現することは、適切ではないと考えている。
分かりにくい文章ですが、要するに、朝鮮人の戦時労務動員は強制労働条約で定められている「強制労働」には該当しないというのです。なぜなら、「緊急ノ場合即チ戦争ノ場合…ニ於テ強要セラルル労務」だからだと言います。
なるほど確かに、強制労働条約は、「強要セラルル労務」ではあっても廃止すべき強制労働に含めない場合があることを「例外ノ措置」として認めています。
「例外ノ措置」は、第2条の第2項で(a)から(e)の5つにまとめられています。兵役義務や、判決に基づく労働刑、集落内で住民の命を守るために避けられない労働などが列挙されていますが、そのうち、日本政府が根拠として挙げているのは(d)です。具体的には、以下のような内容です(読みやすくするため原文のカタカナを平仮名に直しました)。
(d) 緊急の場合即(すなわ)ち戦争の場合又(また)は火災、洪水、飢饉、地震、猛烈なる流行病若(もしく)は家畜流行病、獣類、虫類若ハ植物の害物の侵入の如(ごと)き災厄の若は其(そ)の虞(おそれ)ある場合及(および)一般に住民の全部又は一部の生存又は幸福を危殆ならしむる一切の事情に於て強要せらるる労務
日本政府は、朝鮮人の戦時労務動員はここで規定されている「緊急の場合…に於て強要せらるる労務」に相当するのであり、「強制労働条約が禁止している強制労働ではない」と言うのです。特に冒頭の「戦争ノ場合」に相当するということだと思います。
しかし、上の条文を読めば分かるとおり、この(d)は非常に具体的な内容を細かく厳密に列挙しており、最後にはまとめて、「住民ノ全部又ハ一部ノ生存又ハ幸福ヲ危殆ナラシムル一切ノ事情」だと定義しています。
日本政府の言い分では、戦争を遂行するために必要な一切の労働は「強制労働」ではないということになりますが、果たしてこの条文は、そのようなことを言っているのでしょうか。
そんなことはありません。
ILOは日本政府の解釈をはっきりと否定
実はすでに、ILOはこうした日本政府の解釈を否定しています。20年以上も前に、日本の戦時労務動員の中で行われた「悲惨な労働」は「強制労働条約違反だった」と断言しているのです。
1997年と98年に日本の労働組合が、日本が戦時中に行った朝鮮人、中国人の強制連行、強制労働について、これを強制労働条約違反と認定して日本政府に対し被害者救済を勧告するよう求めて、ILOに申し立てを行いました。
この際、日本政府は、これは強制労働に当たらないと主張しました。その論理は、今回と同様、戦時の労務動員なので条約が廃止を求めている強制労働からは除外される――というものでした。
しかし、ILOの条約勧告適用専門家委員会は、この主張を退けます。1999年3月、年次報告書の中で次のように表明したのです。
本委員会はこのような悲惨な条件での、日本の民間企業のための大規模な労働者徴用は、この強制労働条約違反であったと考える。本委員会は、請求が現在裁判所に係属しているにもかかわらず、被害者の個人賠償のためになんら措置が講じられていないことに留意する。本委員会は政府から政府への支払いが、被害者への適切な救済として十分であるとは考えない。本委員会は「慰安婦」の事件と同様、本委員会が救済を命じる権限を有しないことを想起し、日本政府が自らの行為について責任を受け入れ、被害者の期待に見合った措置を講ずるであろうことを確信する。
ILOは、戦時労務動員は強制労働条約に違反していると認めました。その上で日本政府に対して、被害者の期待に見合った救済措置を行うよう促しています。
なぜ日本政府のロジックは退けられたのでしょうか。その答えは、ILOの別の専門委員会報告の中にあります。日本軍「慰安婦」問題についての報告ですが、その中で、同様に強制労働条約の「例外ノ措置」を持ち出した日本政府の主張に対し、この報告はこう退けたのです。
第2条第2項(d)は――戦争、又は地震の場合でありさえすれば――いかなる強制的サービスをも課すことができるという白紙許可ではないのであって、同条項は、住民に対する切迫した危険に対処するためにどうしても必要なサービスについてしか適用できない
要するに、第2条第2項(d)が認める例外とは、切迫した危険に対処する場合に厳しく限定されるのであって、戦争であれば強制労働も解禁されるという意味ではないというのです。朝鮮人の強制労働についても、ILOは同じ理由で日本政府の主張を退けたわけです。
そもそも、戦時労務動員が強制労働条約の適用外だという日本政府の主張自体が、90年代以降に考え出された理屈であるようです。というのは、労働省の労働基準局が1953年に労働基準法の趣旨を解説する目的で刊行した『労働基準法』(研文社)という本のなかで、「強制労働条約とは何か」を説明するに際して、「この条約の主たる対象とするところは戦時中の徴用制度の如きものの禁止についてである」と明言しているからです。
このように、朝鮮人の戦時労務動員は「強制労働」ではない、なぜなら「強制労働条約」が認める「例外ノ措置」に当たるからだ――という日本政府の主張は、「例外ノ措置」は「戦争ならなんでも許されるという白紙許可ではないよ」というILOの指摘によって、とっくに破綻しているのです。
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