◎「強制連行」「強制労働」という表現に関する閣議決定(21年4月27日)を検証する
その3:「いずれにしろ」強制労働と呼ぶべきではない??

戦前の日本で広く行われていた「強制労働」

 当シリーズでは、「日本維新の会」の馬場伸幸議員による質問主意書に対する菅内閣の答弁書(閣議決定)を検証してきた。「その1」では、この答弁書が、朝鮮人労働者が日本に渡って来た「経緯は様々」だから「一括りに」強制連行と「表現する」ことは「適切ではない」という、姑息とも言える論法を展開していることを見た。 
 
 では、「強制連行」と並んで主題となっている「強制労働」についてはどうだろうか。馬場議員による質問主意書は、「強制労働」について以下のように尋ねている。

戦時中に朝鮮半島から多くの人々が労働者として「募集」「官斡旋」「徴用」により本土に連れてこられ、強制労働させられたとの見解があるが、政府の考えを問う。
 

 要するに、戦時期、動員された朝鮮人に対する強制労働はありましたかと聞いているわけである。
 そもそも「強制労働」とは何だろうか。今回もデジタル大辞泉を開いてみると、「労働者の意思を無視して、強制的に行わせる労働」とある
 
 戦後に制定された労働基準法の第5条には
「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって労働者の意思に反して労働を強制してはならない」
とある。この法律を解説した、労働省労働基準局の『労働基準法』(研文社、1953年)という本は、この条文は「強制労働の禁止」を規定したものであると記している。
 
 その上で、「わが国の労働関係にはかつて暴行脅迫等の不当な手段によって労働者の自由意思によることなく労働を強制するという封建的な悪習が汎(ひろ)くみられ」たこと、「労働者の人格が無視され自由が拘束されるような事実が、殊(こと)に土建事業の飯場や炭坑の納屋等には典型的な形でみられこれらは『監獄部屋』〔タコ部屋と同じ〕といわれていた。このような典型的なものでなくても工場寄宿舎や風俗営業等でも程度の差こそあれ強制労働と考えられるような特殊な労働慣行がみられた」とも、指摘している。
 
 つまり、通常いうところの強制労働、現在の労働基準法であれば問題になるような強制労働は、「土建事業の飯場や炭坑の納屋等」を中心に、戦前・戦中の日本で広く行われていたのである。もちろん、監禁したり、脅迫して労働を強いたり、暴行を加えるといったことは当時の刑法でも犯罪であったが、実際は見逃されることが多かった。

朝鮮人は「強制労働」が横行する現場に動員された

 戦時労務動員で朝鮮人が配置されたのは、多くの場合、上記の本で典型的な「強制労働」が横行していたと指摘されている土建工事現場や炭鉱である。実際、そうした現場での朝鮮人の強制労働を伝える証言や記録は少なくない。

 たとえば、こちらの証言は、飛行場建設現場から脱走しようとした労働者に対して残酷なリンチが加えられていたことを伝えているし(「革帯で叩かれ、皮膚が避けた/裵元吉さん」〈リンク〉)、戦争末期の厚生省の報告には、給料について尋ねるだけで朝鮮人はリンチを受ける状況だったことが記されている(「炭鉱の朝鮮人労働者、給料のことを言えばリンチ」〈リンク〉)。)。

 2018年11月の大法院判決で勝訴した元徴用工が以前に日本で起こした裁判では、大阪高裁が判決で「実質的にみて強制労働に該当し、違法といわざるをえない」と認めている(〈リンク〉)。この場合は、配置先は日本製鉄の製鉄所であった。

 こうした当時の現実を踏まえれば、「朝鮮人の強制労働はあったのか」という質問に対して、日本政府は「そういうケースは多かったと伝えられています」と答えるほかない。百歩譲って質問をはぐらかすとしても、「朝鮮人だけではなく、日本人も含めて、残念ながら当時の日本では強制労働は広く行われていました」といった言い方しかできないはずだ。

「いずれにしろ」強制労働には該当しない?

 では、この今回の答弁書で日本政府はこの質問にどう答えたのか。驚くべきことに、「強制労働ニ関スル条約(昭和7年条約第10号)」で定義された「強制労働」の定義を持ち出した上で、朝鮮人の労務動員は同条約上の「強制労働」に該当しないと主張したのである。

 「強制労働ニ関スル条約」(以下、強制労働条約)とは、強制労働の廃止を目的とする国際労働機関(ILO)の条約で、1930年に国際連盟の総会で採択されたものだ(〈リンク〉)。日本は1932年に批准している。

 なぜ当時の朝鮮人が強いられた過酷な労働が、この条約上の「強制労働」に当たらないと言えるのか。答弁書をじっくり読むと、またしても姑息な論理を展開しているのが分かる。

    強制労働ニ関スル条約(昭和七年条約第十号)第二条において、「強制労働」については、「本条約ニ於テ「強制労働」ト称スルハ或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意ニ申出デタルニ非ザル一切ノ労務ヲ謂フ」と規定されており、また、「緊急ノ場合即チ戦争ノ場合…ニ於テ強要セラルル労務」を包含しないものとされていることから、いずれにせよ、御指摘のような「募集」、「官斡旋」及び「徴用」による労務については、いずれも同条約上の「強制労働」には該当しないものと考えており、これらを「強制労働」と表現することは、適切ではないと考えている。

 「また」とか「いずれにせよ」という接続語が実にあいまいに使われていることに注目すると、何を言っているのかが見えてくる。つまり、実態として強制労働があったかなかったかという問いには答えず、「いずれにしろ」強制労働条約では「戦争ノ場合…ニ於テ強要セラルル労務」を廃止すべき「強制労働」に含めないことになっているのだから、朝鮮人の戦時労務動員について「強制労働」と表現することは「適切ではない」というのだ。

ILO(国際労働機関)はすでに「強制労働」と認定

だが、日本政府のこうした主張は、国際社会で認められるものではないだろう。戦時期の朝鮮人の労務動員がこの条約にいう「強制労働」に当たるのではないかということについては、かつてILOで問題になり、すでに答えが出されているからだ。

 1997年と98年に、日本の労働組合が、ILOに対して、日本が戦時中に行った朝鮮人、中国人の強制連行、強制労働について、これを強制労働条約違反と認定して日本政府に対し被害者救済を勧告するよう求めて申し立てを行った。これに対して日本政府は「強制労働」に当たらないとの見解を示したのだが、その論理はやはり、戦時の労務動員なので条約が廃止を求めている強制労働からは除外される――というものであった。 

 だが、ILOの条約勧告適用専門家委員会は、この主張を認めなかった。1999年3月に公表した年次報告書の該当部分を読んでみよう。

 本委員会はこのような悲惨な条件での、日本の民間企業のための大規模な労働者徴用は、この強制労働条約違反であったと考える。本委員会は、請求が現在裁判所に係属しているにもかかわらず、被害者の個人賠償のためになんら措置が講じられていないことに留意する。本委員会は政府から政府への支払いが、被害者への適切な救済として十分であるとは考えない。本委員会は「慰安婦」の事件と同様、本委員会が救済を命じる権限を有しないことを想起し、日本政府が自らの行為について責任を受け入れ、被害者の期待に見合った措置を講ずるであろうことを確信する
 

 朝鮮人などの労務動員が強制労働条約に違反する「強制労働」であったことを認め、日本政府に対して、被害者の期待に見合った救済措置を行うよう促していることが分かる。

強制労働条約が認める「例外」は厳しく限定されている

 確かに強制労働条約は、「強要セラルル労務」ではあっても廃止すべき強制労働に含めない場合があることを、「例外ノ措置」として認めている。だがそれには、実は非常に厳格な条件が付けられているのである。同条約の関連条文を見てみよう。

    • 第1条第2項
      2 右完全ナル廃止ノ目的ヲ以テ強制労働ハ経過期間中公ノ目的ノ為ニノミ且例外ノ措置トシテ使用セラルコトヲ得尤モ以下ニ定メラルル条件及保障ニ従フモノトス。

    • 第2条第2項
      2 尤モ本条約ニ於テ「強制労働」ト称スルハ左記ヲ包含セザルベシ。
      (d) 緊急ノ場合即チ戦争ノ場合又ハ火災、洪水、飢饉、地震、猛烈ナル流行病若ハ家畜流行病、獣類、虫類若ハ植物ノ害物ノ侵入ノ如キ災厄ノ若ハ其ノ虞アル場合及一般ニ住民ノ全部又ハ一部ノ生存又ハ幸福ヲ危殆ナラシムル一切ノ事情ニ於テ強要セラルル労務。

 このように、その内容は厳しく限定されている。そのため、ILOは、日本政府が主張するような適用除外を安易に認めることはしない。実際、「慰安婦」問題についての専門委報告の中でも、「第2条第2項(d)は――戦争、又は地震の場合でありさえすれば――いかなる強制的サービスをも課すことができるという白紙許可ではないのであって、同条項は、住民に対する切迫した危険に対処するためにどうしても必要なサービスについてしか適用できない」と明言しているのである。

 結局、今回の答弁書における「強制労働」否定のロジックは、20数年前に否定されたものを、またもや持ち出しているだけなのである。

2021年5月6日)

 
 
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